T9 HAKODATEという挑戦
― 歴史と創造、そして“融合”の現場から ―
函館に、新たな象徴となる場所が誕生しました。
その名も「T9 HAKODATE」。
“T9”とは「大正9年」を意味します。
この建物は、大正9年に漁業組合の事務所として建てられ、現在は函館市の景観形成指定建築物にも指定されている歴史的建造物です。
100年以上の時を経て、
この建物は再び息を吹き返しました。
東京の不動産会社による再生事業として購入され、
ホテルとクラフトビール醸造所を備えた複合施設へとリノベーション。
木造3階建ての建物には、
床、階段、手すりといったディテールに至るまで、当時の面影がそのまま残されています。
そして2階には、わずか5室。
極めて限定的で、濃密な滞在体験を提供するホテルが誕生しました。
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■ このプロジェクトとの出会い
MASSIVE SAPPOROがこのプロジェクトに関わることになったきっかけは、
実に偶然に近いものでした。
2009年に約1年ほど親交のあった松浦氏(いつつぼしホスピタリティ)から、
久々に連絡をもらったことがすべての始まりです。
そこから話を聞いていく中で、
このプロジェクトに、名古屋の「エイトデザイン」が関わることを知りました。
エイトデザインは、私が若い頃から強い憧れを抱いていた会社です。
その名前を聞いた瞬間、
理屈ではなく、「関わりたい」と思いました。
この時点で、すでに意思決定は終わっていたように思います。
■ 主役は誰か
今回のプロジェクトにおいて、
MASSIVE SAPPOROは主役ではありません。
中心にいたのは、
『アレモコレモ』をはじめとする安達オーナー、そして函館西部地区を盛り上げる地元のクリエイティブチームです。
彼らの熱量は、本当にすごかった。
例えるなら、大学の学園祭のような熱気。
純粋な「やりたい」という気持ちが連鎖し、
それがプロジェクト全体を前に進めていく。
そんな現場でした。
私はその空気に圧倒されながら、
同時に、どこか羨ましさも感じていました。
あの熱量は、簡単に再現できるものではない。
そして、あれこそが「場」をつくる本質なのだと思います。
■ 民泊 × デザイナーズホテルという難題
今回のプロジェクトは、
MASSIVE SAPPOROにとっても非常に大きな挑戦でした。
それは、「民泊」と「デザイナーズホテル」の融合です。
一見すると近い領域に見えますが、
実際には、思想も、オペレーションも、求められる価値も大きく異なります。
- 民泊は「自由」と「効率」
- デザイナーズホテルは「世界観」と「体験」
どちらも正しい。
しかし、両立は簡単ではない。
現場では、何度もぶつかりました。
「どこまで自由にするのか」
「どこまで統一するのか」
「どこまで効率を優先するのか」
「どこまで体験を優先するのか」
その判断は、常にトレードオフです。
■ 成長の実感
正直に言うと、
このプロジェクトは社内にも大きな負担をかけました。
これまでのやり方が通用しない場面も多く、
試行錯誤の連続でした。
しかしその分、
得られたものも大きかった。
久しぶりに、はっきりと「成長した」と言える経験でした。
個人としても、
組織としても、
確実に一段上に引き上げられた感覚があります。
■ 歴史を扱うということ
今回のプロジェクトでもう一つ強く感じたのは、
「歴史的建造物を扱う」ということの意味です。
単に古い建物をリノベーションするのではなく、
その場所が持っている時間や記憶をどう引き継ぐか。
そして、それを現代の価値としてどう再定義するか。
これは簡単なことではありません。
しかし、それができたとき、
その場所は単なる宿泊施設ではなく、
「体験」や「物語」を持つ場所になります。
T9 HAKODATEは、まさにその一つの形だと思っています。
■ さあ、これからだ
オープンは、ゴールではありません。
むしろ、スタートです。
ここからこの場所がどう育っていくのか。
どんな人が訪れ、どんな時間を過ごし、どんな物語が生まれていくのか。
それが、このプロジェクトの本質です。
T9 HAKODATEは、
単なる宿泊施設ではなく、
函館西部地区の未来をつくる一つのピースだと思っています。
その一端に関われたことを、心から嬉しく思います。
さあ、これからだ。
