ラスト出勤 to さんぱち

当社の歴史に少し触れると、創業当初の住所は、東京都新宿区富久町であった。私は浅草のシェアハウスに住んでおり、弟(つまり矢鎌)は、新宿に住んでいたのですが、

 そのマンション名がユニオンビルだったので、ここを登記上の所在地すれば、

会社っぽいなと思ったというのがスタートでした。

 201111月、札幌に拠点を移し、BUIE学園前205号室に最初の事務所を構えたとき「俺は、ついに社長になったんだ。うぉおーーーーー」と思ったのも、

 つい昨日のようです。とういうのは嘘で、はるか遠い遠い昔の頃のように思います。ここでの思い出は、Aさんと二人きりだった日々のことです。

 Nという社員が入って、この空間に3人(しかも2人は身長180センチ以上とでかい)は、狭いな。いつか、広々としたオフィスにと、密かに思いました。

 日の出ビルのシェアオフィス、JOBUIE(シェアオフィスの会員さんに気を使いながら働くのが辛かった)、

OKハウス(期間はわずか3ヶ月程度でしたが、民泊の原点でしたね。写真が一枚も残ってません)、

 SALMONF(この時は30平米の空間に14人くらいが働き、まるで奴隷船のようでした。Kさんの肘が常に触れてました)

 そして、さんぱちビル。

 私にとっても、昔から一緒のAさんにとっても、昔からのクライアント様にとっても、マッシブは随分大きくなったなと感じさせてくれる空間でした。

 だけど、想像を超えて拡大するなか、世間とのイメージとのギャップは次第に大きくなったなという印象です。

 つまり、クライアント様や面接にいらっしゃった方にも「え?こんなとこなの?しょぼ」と思われてしまうようになったと思います。

 私は今でも愛してますが。来客者駐車場も豊富だし。蕎麦屋も豊富だし。

 ですが、手狭になっていること、今後の採用計画、新規顧客獲得、対外イメージをプラスにするためにという観点から、

 移転を決意しました。

 だからさんぱちビルには、この場を借りて感謝の言葉を伝えたいのです。

 私は人生で本当に多くのオフィスを経験しました。

 東京時代は、渋谷マークシティ、愛宕クリーンヒルズ、泉ガーデンタワー、虎ノ門コモンゲートなど、最高峰のビルを遍歴しました。

 だけど、さんぱち程愛おしく思えるオフィスはありませんでした。

 本当にありがとうございました。

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