居酒屋で飲むのも楽しい。
バーで語らうのもいい。
それでも、年齢を重ねるにつれて、
「家飲み」の良さが、じわじわと体に染みてくる。
気を使わなくていい。
声の大きさも、時間も、間の取り方も自由。
誰かのグラスが空いていないか、店員を呼ぶ必要もない。
なにより、
本音が出る。
家飲みが成立する条件
家飲みが楽しいのは、
単に「家だから」ではない。
- 安心できる空間
- 座り方や距離感を自由に選べる余白
- 話してもいいし、黙ってもいいという空気
これらが揃って、はじめて成立する。
だから、どんな家でもいいわけではない。
狭すぎてもダメだし、無機質すぎても盛り上がらない。
逆に、気合が入りすぎた空間も、少し違う。
ちょうどいい居心地。
それが、家飲みの本質だと思う。
旅先で「家飲み」ができるという価値
ここで、民泊の話になる。
旅先の夜は、選択肢が限られる。
外に飲みに行くか、部屋に戻って寝るか。
でも、もしそこに
「家飲みができる場所」があったらどうだろう。
- 地元のスーパーで買った惣菜
- コンビニのビール
- 旅先でたまたま出会った人との即席の宴
それはもう、
レストランとも、ホテルのラウンジとも違う体験になる。
旅先でありながら、
一時的な“家”を持つ感覚。
これこそが、民泊の最大の価値だと思っている。
民泊は「泊まる場所」ではなく「場」だ
民泊を
「ベッドがあるか」
「何人泊まれるか」
だけで語るのは、あまりにももったいない。
民泊は、
- 人が集まり
- 時間を共有し
- 感情が動く
プラットフォームだ。
その上で何が起きるかは、
使う人次第。
家族で食卓を囲む人もいれば、
仲間と深夜まで語り合う人もいる。
そして、その延長線上に「家飲み」がある。
なぜ民泊は、家飲みに向いているのか
理由はシンプルだ。
- リビングがある
- キッチンがある
- 誰にも急かされない
つまり、
家飲みが成立する条件を、構造的に備えている。
ホテルは「サービスされる場所」。
民泊は「自分たちでつくる場所」。
この違いは大きい。
これからの民泊に求められるもの
これからの民泊は、
単に「安い」「広い」「大人数対応」だけでは足りない。
- どんな家飲みができるか
- どんな会話が生まれそうか
- どんな関係性が深まりそうか
そこまで想像できる空間かどうか。
言い換えれば、
体験の余白をどれだけデザインできているか。
家飲みは、文化だ
家飲みは、効率の良い飲み方ではない。
売上も、回転率も、気にしない。
でも、
人と人の距離を縮める力は、圧倒的に強い。
だからこそ、楽しい。
民泊は、
その「楽しい」を受け止めるための器であり、
文化を乗せるプラットフォームだと思っている。
今日もどこかの民泊で、
知らなかった誰か同士が、
一つのテーブルを囲んで、
ビールを開けている。
それでいい。
むしろ、それがいい。
家飲みは楽しい。
民泊は、そのプラットフォームだ。
